集中したい
何か一つ「力」を獲得できるなら何を望みますか?
腕力? 知力? 経済力?
悩みますね。一つと言わずにたくさんください、と言いたいところです。
そのたくさんの候補にほぼ間違いなく入るのが
「集中力」
ではないでしょうか。
何かの勉強にしても仕事にしても、ダイエットなどにしても、集中して取り組みさえできれば獲得できるのに、というものは少なくありません。
そういう思いを抱く人たちを対象に、自己啓発の本棚にも「集中力」の本が並んでいます。
ただの根性論ではなく、人間の脳のシステムを使って効率よく集中していくという趣旨の本ですね。
著者が現役のお医者さんだったり、欧米の最新脳科学論文からの引用に基づいていたりして説得力があります。
こういった類書の中でも、ちょっと異彩を放っているのがこの本です。
なんせタイトルからして「いらない」ですから。
学者として博士号を取得し、作家としても成功されている森博嗣さん。
集中力のかたまりのようなイメージの方なのに、いらないとはどういうことでしょう?
そんな疑問を抱きつつ読んでみました。
この本は、別に集中力そのものを完全否定しているわけはありません。ただ、
「集中力は良いものだ。そうに決まっている。違うわけがない」
という固定観念について「ホントにそうか?」というところから論じ、自らの体験も踏まえつつ論理展開していく本です。
「集中して成功した、という例ばかりもてはやされるが、一つに集中したために失敗したり大惨事を招いたりした例は意識されない。結果として成功したことを『集中力のおかげ』として取り上げているのか。ならば集中力が良いものとして認識されるのはとうぜんだろう」
というように、言葉や概念の定義からきっちり考え、一つのことだけに捉われる危険性を考察されています。
一つの要素にだけ捉われて
「もはや戦うか死ぬかしかない」
という固定した思考にはまることが、自殺、戦争などへの道へ向かってしまう要因のひとつではないか、とまで述べられます。
これは自分にも思い当たります。生きることに絶望を感じた時というのは、何かを失ったり、あるいは得られる可能性がないと感じて、道が完全にふさがったと確信してしまった時でした。
一所懸命という言葉にあるように、一つのところで頑張るというのはそれはそれで価値のあることだと思います。
しかし、それが功をなさなかったから生きる価値も方法もない、というところまで思い詰めてしまうのは明らかに害です。
物事に取り組む瞬間は集中し、でもそれが人生のすべてとは思わず常に可能性を探る。
そういう風に生きていけたら楽しいな、と考えています。