論理の塵を積み重ねて

プログラミング学習、数学、英語のやり直しなどにチャレンジしていくブログです。数検準2級。

セドナメソッド

新版 人生を変える一番シンプルな方法 ― セドナメソッド ―

新版 人生を変える一番シンプルな方法 ― セドナメソッド ―

 

「ネガティブな感情に振り回されてはいけない。だから、強い意志と広い心をもってポジティブでいるようにするべきだ」

それは本当でしょうか。あるいは

「感情を抑え込むのは自分をいじめることだ。だから、自分の言いたいことを言ってやりたいことをやるべきだ。それで嫌われても迷惑をかけてもいいのだ」

というのが正しいのでしょうか。

 

感情の抑圧、表現。大勢の人間の中で生きていくしかない私たちにとって、どちらも必要ではあります。しかし、どちらも度を過ぎると、ストレス性の疾患や、あるいは社会的に孤立した立場に陥るなど、不便な結果を招いてしまいます。

 

抑圧と表現のどちらの大事さも認めながら、第三の道を提唱してくれるものがあります。第三の道、「手放し」を教えてくれるもの。

それが「セドナメソッド」です。

 

新版 人生を変える一番シンプルな方法 ― セドナメソッド ―

新版 人生を変える一番シンプルな方法 ― セドナメソッド ―

 

 

 

「手放す? それって感情を無いことにして捨て去るってことじゃないの?」

という疑問が出てくるかもしれません。

結果として無くなることはあり得ますが、決して無視するのではありません。

逆です。

「その感情があること」をしっかりと認めるのです。

 

手順としては自問自答です。

1.この感情(怒り、悲しみ、不安、‥等)を認めますか?

2.手放しますか?

3.いつ?

こんな感じで自分に問いかけていきます。

 

「それだけ? 手放すって、形のないものをどうするの?」

 

手放す、と決めるだけです。

私の場合、息をちょっと止める、手をちょっと握る、など力を込めたのちに、「手放す」と決めつつ力を緩める、という具合に、体感覚とリンクさせるとやりやすいです。

この辺は視覚イメージや、言葉での暗唱がぴったりくる人など、それぞれに向いている方法があるかもしれません。

しかし基本はただ、「感情を認める」そのうえで「手放すと決める」だけです。

 

「そんなので効果があるの?」

あるんです。

1970年代に、セドナメソッドの元となるシステムができて以来、大勢の人々がセミナーで、書籍でこの手放しテクニックを学び、人生の好転に大いに役立ててきました。

 

私も半信半疑で、本を読んだ後しばらくは忘れていたくらいでした。しばらくしてひどく気分が悪い時に暇つぶしに

「この虚無感を認める? 手放す? いつ?」

と繰り返していたら、いつの間にか穏やかな感情に代わっていました。びっくりです。

 

もちろん、これさえやれば万事OKという怪しげな魔法ではありません。

ですが、試さずにいるのはとてももったいないことです。

日々の生活の中に、「感情の手放し」という小さな新しい試みを加えてみるのはいかかでしょうか。