読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界を手に入れて神を失う

そんな表現があったようななかったような。

世界、というと大げさですが、社会的な地位、権力、評判、名声、人気、能力、お金や物、などのことでしょう。

それらがはかないものであることは、ある程度の年まで生きれば嫌でもわかってくることです。

だからといって欲しがらない、失うことを気にしない、とスパッと意識を切り替えられる人は稀でしょう。

精神世界のマスターたちが率先してお金を集めて神殿など作り、その豪華さや信者の多さ、本の売れ行きなどを「自分の教えが正しいものであるという証拠」にしている例は多すぎるくらい多いですし、求める人たちもまた、「精神性の高さ」というステータスを能力を、その結果としての巨万の富や理想のパートナを希望して集まってきているわけです。

「探求をやめよ」と唱えるマスターもいます。けれども、それで止まる人は本当に稀でしょう。求める気持ちはそもそも止まるものではないのかもしれません。

自分のなかのその衝動を愛することが、本当の意味で受け入れることができたなら、他人や世界に求めることから自由になれる、そして自分の欲や恐怖と戦うことも取りつかれることもなくなっていくのかもしれません。

そうなったときには、神、愛以外のものは存在しない、のでしょうか。自分の肉体を殺そうとしている人々を赦したかの人のように。