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死を受け入れるなら死なない?

「もっとも憎んでもいいような敵に殺されることを受け入れたなら、死なない。肉体を再生することすら可能だ」

そんな話を聞きました。宗教の聖典に同様の話があります。

そうですね、と心底素直に納得できる内容ではありません。そもそも検証が不可能でしょう。

ですが、そこまではいかないまでも、方向性としてはわかる、ような気がします。

吃音で悩んでいた子供がある劇に参加することになり、「吃音のある」役を割り振られました。そこで「上手に」どもろうとすると、すらすらしゃべれてしまい、どうしても吃音の演技ができなかった、ということがあったそうです。

「上手くどもろうとしてみた」ということは、吃音の自分を受け入れたということなのでしょう。

眠ろう眠ろうとすると眠れなくなり、そのことを考えなくなるといつの間にか寝ていた、というのもよくある話です。

全てを受け入れる。さすればそれは敵ではなくなる、のでしょう。

 

しかし、ここが問題で、「受け入れる」という技術を使えば問題を消せる、というように捉えてしまうと、それ自体が抵抗になってしまいます。どんなに素晴らしい効果を出したメソッドであっても、効かない人が出てくるのは「良くなりたい、悪いことを消したい」という思いがあるからこそでしょう。

「どうすればいいのか」

その思考こそが、問題と敵を作り続けているのでしょう。